芸術史と芸術理論 第三回 カタルシス

どうして、人は、悲しい、恐ろしい、悲惨な悲劇なんかを見るんだろうか。それに対しても、ソポクレスのオィデプス王の悲劇をもとに、アリストテレスは語る。中学生くらいの頃に、オペラの楽曲をきいたり、フロイト理論から、ソポクレスのオィデプス王にたどり着いたのだが、何ともやりきれない話である。
カタルシスという言葉については、いろんな説があって定まらないようだ。当たり前のようにも思う。なぜって人の心の動き方、感じ方の問題でもあるわけで、普遍化できる部分もあるだろうけど、それだけでは片付かない点も残るだろう。
優れた芸術、ミーメーシスによって、世界の本質を描き出す、個々の心の中にある琴線に触れ、普段眠っていた、眠らせていた何かの感情が動き出す。世界の本質、人間の本質には、けして楽しい話ばかりじゃないだろう。それを毎日直視して生きるのは辛すぎるように思うが、時に、その抑圧を解放することで、世界の真実に向き合うことができるのかもしれない。
俺には、とても悲劇作品なんて書けないのだが、仕事の上の辛い厳しい体験でも、問題をあやふやにせずに本質的な話を書けるのであれば、後進が問題に向き合う手助け、キッカケにできるかもしれない。あるいは愚痴であっても、共感できる描写があれば、慰められ、向き合う力を生み出せるかもしれない。

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